家族信託(民事信託)をすることは目的ではなく、何かの目的があるので家族信託を利用するという順番になります。
つまり、何かの目的(通常は財産の管理・承継の目的)を実現する手段として、家族信託であることが必要か?、他の手段の方が適切かを検討することになります。

そこで、家族信託と似た他の制度等とを比較して、その違いを説明します。

具体的には、

  • 親は賃貸不動産を所有している
    (賃貸不動産から一定の賃料収入がある)
  • 親は自分で賃貸不動産を管理するのが大変と思っている
    (できれば、子供に管理してもらいたい)
  • 親は、年を取ってはきたが、判断能力はある
  • 親自身も生活費は必要なので、賃料は自分が受け取りたい

という場合に、賃貸不動産を子供へ委ねる方法としてどうかを検討してみます。

生前贈与の場合

親から子へ賃貸不動産を生前贈与してしまうという方法を考えます。

メリット
  • 贈与だけで全てが終わる
  • 親が死亡した場合も当該不動産については相続手続が不要
デメリット
  • 贈与税がかかる(相続税より高額)
  • 不動産が子供の所有となってしまう
    (賃料を子供が自ら支払ってくれないと、もらうことができない)
    (賃料を子供から支払ってもらう場合、贈与となる(金額によっては贈与税がかかる))

相続税ではなく贈与税がかかるという点だけでも、あまり適切な方法とはならないでしょう。

遺言書による相続の場合

賃貸不動産を子供に遺すという遺言書を書くという方法を考えます。

メリット
  • 子供に当該不動産を確実に相続させられる
  • 相続税なので贈与税より低額(課税されないことも多い)
デメリット
  • 財産の移転は死亡後になる
    (生前に不動産を子供に渡して管理してもらう方法にはならない)

財産の承継の方法としては、遺言書による相続はオーソドックスで合理的です。

しかし、生前に管理を委ねたいと思えば、別の方法も併用する必要があります。

成年後見制度を使う場合

成年後見制度を利用するという方法を考えます。

成年後見とは、判断能力が十分でないひとが、家庭裁判所へ申し立て、財産管理等の代理権等を付与された成年後見人を選任して、成年後見人が本人にかわって財産管理等を行う制度です。

メリット
  • 成年後見人が不動産の管理(場合によっては処分)を行える
  • 裁判所の監督があるので、ある程度は安心
デメリット
  • 成年後見は、判断能力が衰えた段階でしか使えない
  • 成年後見人は本人(親)の希望したひとが選任されるとは限らない
    (2022年時点で、親族が後見人に選任される割合は約20%、残りの約80%は第三者(主に専門職))
  • 専門職が後見人に選任された場合、毎年報酬の支払いが必要
  • 原則として本人が死亡するまで終了しない
    (本人らの望む結果とならなくとも、途中でやめるということが難しい)

本人(親)が急に判断能力を失ったという場合には、財産管理を委ねる法的な方法は成年後見しかなく、その場合には成年後見を選択せざるを得ないということもあり得ます。

しかし、親が判断能力があるうちは使えないので、判断能力がある時点で子供に財産の管理を委ねる方法としては使えません。

任意後見制度を使う場合

任意後見制度を利用するという方法を考えます。

任意後見とは、本人の判断能力が十分な時点で、任意後見人となるべきひとと契約を締結して、判断能力が衰えた後の財産管理を委ねる制度です。

本人の判断能力が衰えたら、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立て、任意後見監督人が選任されたら、任意後見人が本人にかわって財産管理等を行うことになります。
(任意後見人が財産管理を行うには、任意後見監督人の選任が必要です。)

メリット
  • 任意後見人を本人(親)が選べる
  • 任意後見人に何を任せるかも本人が決めることができる
  • 任意後見人が不動産の管理(場合によっては処分)を行える
  • 裁判所・任意後見監督人の監督があるので、ある程度は安心
デメリット
  • 任意後見も、効力が生じるのは判断能力が衰えてから
  • 任意後見契約は、判断能力が衰える前に締結する必要がある
  • 任意後見監督人は裁判所が専門家を選任する
    (毎年報酬の支払いが必要)
  • 原則として本人が死亡するまで終了しない

任意後見は、成年後見と異なり、任意後見人を誰にするか、委ねる内容を本人(親)が決めることができるので、その点では本人の希望が反映される制度といえます。

しかし、任意後見も親が判断能力があるうちは効力が発生しないので、判断能力がある時点で子供に財産の管理を委ねる方法としては使えません。

財産管理委任契約を使う場合

財産管理委任契約を利用するという方法を考えます。

親が子供との間で、賃貸不動産の管理を子供に任せる(委任する)という契約を締結して、管理を子供に行ってもらい、子供が受け取った賃料は親に渡してもらうというものです。
(もちろん、親子なのでわざわざ契約までは締結したくないとういこともあるでしょうが、ひとまずは契約を締結して内容を明確にする場合を想定します。)

メリット
  • 親が希望するひと(子供)に管理を委任できる
  • 管理を委任する時期を自由に決められる
  • 管理委任の費用を親から子へ支払うかも両者の合意で決められる
  • 子供から親への賃料の受け渡しで贈与税が発生することはない
デメリット
  • 不動産の処分は行えない
    (不動産を譲渡するなどの場合は、親が譲渡契約を行う必要がある)
  • 借り入れなどが必要な場合も、親が借り入れを行う必要がある
    (子供が代わりに借り入れるということは難しい)
  • 委任を受けた子供の監督は、親が行うしかない
    (親の判断能力が衰えた後は、誰も監督をしていない状態となる)

財産委任契約による方法は、自由度が高いため、他の制度を利用する場合に比べて、本人(親)の希望が反映されやすいという利点があります。

しかし、財産の処分等は行えないことから、例えば、親の判断能力が衰えたら、不動産を売却して施設入所の費用としたい場合などは、難しい点もあります。
(子供が売却することはできず、判断能力がないとされれば親も売却できない。)
また、委託を受けたひとの監督が十分とはいえない点も、やや不安ではあります。

家族信託を使う場合

以上で説明した他の制度と比較して、家族信託を使う場合はどうでしょうか。

委託者および受益者は親、受託者は子供、信託財産は賃貸不動産等として家族信託を行うことを想定します。

メリット
  • 親が希望する財産を希望するひと(子供)に信託できる
  • 信託を開始する時期(管理を委ねる時期)を自由に決められる
  • 受託者である子供が不動産の管理・処分、借り入れを行える
  • 受益者は親なので、賃料を子供から受け取っても贈与税はかからない
  • 受益者は親なので、信託時点で贈与税等がかかることはない
デメリット
  • 家族信託を自分達だけで行うのは難しい
    (弁護士等の助力が必要)
  • 親の判断能力が衰えた後では使えない
    (信託契約を締結できる判断能力が必要)
  • 信託を受けた子供の監督をどうするかは課題となる
    (弁護士などの専門家を受益者代理人とするなどで対処)

まとめ

親の判断能力が衰えた後に親の財産の管理が必要な場合、事実上子供が管理するという方法を除き、今回比較した中では成年後見制度を利用するしかありません。
しかし、親の判断能力がある段階で不動産の管理・承継について考えるのであれば、本人の希望を反映できる他の制度を利用すべきでしょう。

単に死後の財産の承継だけであれば、遺言書による相続でということになります。
(今回の比較のテーマとは異なりますが。)

今回のテーマである、
・親の判断能力がある時点で、
・大変だから子供に管理してもらう
ということに絞れば、選択肢としては財産管理委任契約と家族信託の2つとなります。

単に不動産の管理だけであれば(処分、借り入れ等は不要というのであれば)、財産管理委任契約(または事実上管理を任せる)で十分となることも多いでしょう。

家族信託を使う方法は、開始時期・管理を委ねる財産などについても本人の希望を反映しやすく、しかも不動産の処分、借り入れまで行えるため、選択肢を広げることができます。
主な問題点は、他の制度と比較して難解なので、自分達だけで行うのが難しいことです。

そのため、
・単に不動産の管理だけであれば財産管理委託契約
・不動産の処分、借り入れまで(万が一の場合も考えて)視野に入れるのであれば家族信託
というのが適切な方法といえそうです。